教育講演1 「高齢者のアルコール依存症〜治療の実践から」

講師

和気 浩三 わけ こうぞう

医療法人和気会 新生会病院 理事長・院長

平成 5年 近畿大学医学部卒業 
同年   大阪医科大学 神経精神医学教室 入局 
     その後、新阿武山病院などいくつかの精神科病院の勤務を経て 
平成12年 新生会病院 勤務 
平成19年 新生会病院 院長 現在に至る

 役職
日本アルコール関連問題学会 理事
日本アルコール・アディクション医学会 評議員
関西アルコール関連問題学会 会長 
全日本断酒連盟 顧問
大阪府断酒会 顧問
特定非営利活動法人いちごの会 理事
大阪府アルコール健康障がい対策部会 委員

講演内容

令和3年度版高齢社会白書(内閣府発表)によると、令和2年10月1日現在、65歳以上人口は3,619万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)も28.8%となり、今後も上昇が続く。また国は、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目処に、高齢者が住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、地域包括ケアシステムの構築を推進している。まずは、そのような時代背景の中で、地域における高齢者のアルコール問題を概観したい。

一般的に高齢者の飲酒量・頻度は年齢とともに低下する。しかし高齢者は体に占める水分比率の低下やアルコール代謝酵素の働きの低下、中枢神経のアルコールへの感受性亢進といった種々の要因からアルコール血中濃度が上昇しやすく、少量でも酔いが進みやすい。高齢者はアルコールの影響に対し非常に脆弱であり、老年期はアルコール問題の一つの好発期だと筆者は考えている。地域では急性アルコール中毒で救急搬送される高齢者も少なくない。また不適切な飲酒は高齢者が抱える様々な慢性疾患とも関連しており、アルコール相互作用薬(AI薬)を服用している高齢者の半数以上が飲酒しているとの報告もある。

その一方で高齢者は不適切な飲酒により、転倒、失禁、食欲不振、物忘れなどの高齢者に多く見られる症状(老年症候群)を呈することが多く、プライマリケアなどでは、高齢者のアルコール問題を同定することが難しいとも言われている。介護現場でのアルコール問題は従来から指摘されており、過去に我々が行った調査では訪問介護に従事する介護職の8割以上が利用者のアルコール問題に遭遇し、約3割が利用者のアルコール問題のために介護サービスの提供が困難になった経験を有していた。また、地域の相談機関の要である保健所でもアルコール問題の相談者に占める高齢者の割合は高く、近年、大阪府保健所では60代以降の相談者が全体の約半数を占めている。アルコール依存症の専門医療機関においても高齢者が増加しており、依存症対策全国センターの集計結果によると、2018年度の依存症専門医療機関における新規受診者に占める割合は、60代以降の患者が全体の3割を超えており、高齢者のアルコール問題は地域医療及び介護現場、そして我々アルコール専門医療機関にとっても無視できない問題となっている。

一方、アルコール依存症は精神疾患の中でもとりわけ治療ギャップの大きい疾患であるが、特に高齢者のケースでは「もう年なので好きなように飲ませてあげたらいい」「認知症もあるので、治療しても断酒は難しい」などといった「年齢差別」が加わることで積極的な介入が避けられ、さらに治療ギャップが拡大している可能性がある。家族や周囲の支援者、医療職が持つこの「年齢差別」は、見方によってはアルコール問題を抱える高齢者に対するネグレクトとも言える。しかし、これまでの国内外での報告では、高齢者のアルコール依存症の治療成績は中高年層や若年層よりも良いことが知られており、当院での予後調査でも高齢者の入院治療後の断酒率は6割を超え、認知症を併存しているケースにおいては施設入所などを含めた環境調整を行うことで約8割のケースが断酒生活を維持していた。当日は当院での高齢者のアルコール依存症の治療実践、治療成績などを報告することで、日々アルコール問題を抱えた高齢者の困難事例に対峙しておられる地域支援者の方々のささやかな応援になればと願っている。


座長

吉岡 幸子 よしおか さちこ

帝京科学大学 看護学科 教授