教育講演2 「介護殺人の予防を考えるー支援者が注目すべき視点とは」

講師

湯原 悦子 ゆはら えつこ

日本福祉大学社会福祉学部教授(社会福祉学博士)、日本福祉大学ソーシャルインクルージョン研究センター センター長

日本福祉大学大学院社会福祉学研究課博士後期課程修了。専門分野は司法福祉、研究テーマは主に介護殺人・心中の予防、介護者支援、犯罪・非行からの立ち直り

著書・論文 湯原悦子『介護殺人の予防-介護者支援の視点から』クレス出版 2017、湯原悦子「コロナ禍における高齢者の人権擁護 -家庭内の実態と課題-」高齢者虐待防止研究17(1)2021,湯原悦子「家族介護者支援の重要性」 學士會会報No.943,2020 など

所属学会・社会的活動

日本司法福祉学会、日本高齢者虐待防止学会、日本老年社会科学会、日本社会福祉学会、認知症ケア学会、日本子どもの虐待防止研究会
認知症の人と家族の会愛知県支部研究班メンバー、日本ケアラー連盟運営委員

2021年度、認知症介護研究・研修仙台センターによる「高齢者虐待における死亡・重篤事案等にかかる個別事例検証による虐待の再発防止策への反映についての調査研究事業」にて委員、座長を務める。

講演内容

家族が要介護者を殺害、あるいは心中する事件は新聞記事で確認できるだけでも年間30~50件ほど生じている。これら事件を調べると、全く周囲から孤立していて、誰との関わりも見いだせない事例は案外少ない。事件前、医療機関への受診歴あり、ケアマネジャー作成のプランに基づき福祉サービスを利用していたなど、医療や福祉の支援者との関わりが確認できる事例がほとんどである。

事件予防の観点から言えば、介護が破綻する恐れが確認できる事例については注視していきたい。例えば、傍から見て介護を任せて大丈夫かと心配になる状況にも関わらず、介護を担わざるを得ない状況に追い込まれている状況、特に介護者自身も高齢、病気で体調不良あるいは障害がある、うつ状態などの場合である。その他、現に介護を期待される立場にある者がもともと引きこもっていた、あるいは要介護者との関係が悪い、共依存状態にあるなどの場合も、この先事態が悪化する恐れが高い。

次に、家族介護者が逮捕後、警察で語った事件の動機に注目してみたい。動機には大きく分けて2つのパターン(介護疲れと将来への悲観)がある。介護疲れの場合、要介護者に昼夜逆転、頻尿、徘徊が生じていることが多い。これらに共通するのは、家族介護者が自らのペースで介護を組み立てることができなくなる点である。常に要介護者から目を離すことができない状態に置かれると、介護者の疲れは加速度的に増していく。その他「献身的」な介護者も、実はかなり疲れている。介護そのものはきちんとなされているだけに、支援者は危機を察知しにくい。「よくやっている」と声かけすることが結果として介護者を弱音を吐けない状況に追い込んでいる可能性があるので、実はSOSを出せない人ではないかと捉え、丁寧に話を聞く姿勢を示していくことが重要である。次に将来への悲観であるが、どのような瞬間に、何に対して悲観するのかは介護者の置かれた状況によって様々である。事件後に行われた裁判のなかで被告が将来に悲観した状況と心境が語られ、まさかそこまで被告が追い詰められていたなんてと驚愕する場合も少なくない。

将来への悲観を第三者が事前に察知するのは難しいが、手がかりがあるとすれば、介護者の心理プロセスを深く学ぶことだと考える。自身も介護経験を有する精神科医の松本一生氏は「介護家族の『こころ』がたどる6つの段階」を示しており、それぞれの段階と具体的な状況を知ることは、介護者に適切な支援を行う上で有益である。そのうえで、支援者だからこそできることとして介護者に「将来への希望を示す」ことを提案したい。ほとんどの介護者は、要介護者が今後どうなるかについて経験に基づき予測することはできない。今、苦しい状況にあるとそれが一生続くのではと考え、不安や悲観が募っていく傾向にある。認知症やがんなどの場合、完治することはないと悟り、辛い状況が続くならいっそのこと死んだ方が幸せではないかと思い込む場合もある。しかし、支援者であれば、多くの事例に接した経験をもとに、要介護者がこの先どうなるのかを予測することができる。たとえ病気が治らなくても、心安らかに生きる方法を提案することもできる。支援者が働きかけることにより、介護者の視野が広がることが期待できる。

介護殺人は発生しているが、支援者達の関わりによって事件が食い止められている面があることを忘れてはならない。支援者達が危機に気付き、適切な働きかけができるように、過去の事件から学び、法制度を整備していくことが求められる。

引用文献 松本一生『認知症家族のこころに寄り添うケア』中央法規 2013.


座長プロフィール

松下 年子 まつした としこ

聖路加看護大学を卒業後、臨床看護師および産業保健師として経験を積み、1998年に東京医科歯科大学大学院博士課程前期、2000年に同大学院博士課程後期に入学、2004年、同課程を修了。その後は国際医療福祉大学大学院にて、また2007年からは埼玉医科大学保健医療学部および同大学看護学研究科にて、2012年からは横浜市立大学医学研究科・医学部看護学科に着任し、看護学教授に貢献する。また2009年より2013年は、放送大学東京文京学習センターにて客員教授を兼任した。2022年3月に横浜市立大学を定年退職。その後、横浜市立大学名誉教授を務める。

領域:
精神保健看護学、リエゾン精神看護学、アディクション看護学、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)等。

学会活動:
日本アディクション看護学会理事長、日本精神保健学会理事、日本高齢者虐待防止学会副理事長、日本「性とこころ」関連問題学会理事、日本アルコール関連問題学会理事、等

著書(編集)
事例から学ぶアディクション・ナーシング(中央法規)
アディクション看護学(メヂカルフレンド社)
患者と作る医学の教科書(日総研)等