シンポジスト
『接遇から虐待防止を考える“第三者から見てあなたの接遇はいかがですか、振り返ってみましょう” 』
中山 翔平 なかやま しょうへい
富士見台デイサービスセンター所長兼生活相談員
社会福祉士、介護支援専門員、介護福祉士、認知症介護実践者研修修了、認知症対応型サービス事業管理者研修修了
大学卒業後、社会福祉士養成校を経て、平成18年4月に社会福祉法人練馬区社会福祉事業団入職。大泉特別養護老人ホームの介護職として4年間勤務した後、平成22年4月1日に同施設の生活相談員に職種変更する。
2年半生活相談員として勤務し、平成24年10月1日から法人初のユニット型施設である上石神井特別養護老人ホームの開設準備に生活相談員として携わる。開設後2年半経過した平成27年4月1日からで練馬区立練馬中学校デイサービスセンターの所長兼生活相談員となり、令和元年4月から現職となる。
令和3年度東京都高齢者権利擁護推進事業「高齢者虐待防止研修」での取り組み報告を期に今回シンポジストして参加。
講演内容
はじめに
通所介護などの介護サービスは、認知症高齢者等が在宅生活を継続する上で必要不可欠なサービスである。お客様とは契約に基づく社会的な関係であるにも関わらず、不適切な介護サービスを要因とする高齢者虐待が起こりやすく、また、閉鎖的な環境の中でサービス提供されているため、家族や地域など第三者の目が届きにくい現状がある。
目的
デイサービス部門を所管するデイ事業課は「良い接遇が虐待防止や人権意識の向上につながる」と考え、接遇の取り組みを事業計画に位置付けている。デイ事業課の事業計画に基づき当センターでは、「他者から不適切と思われない、また、感じさせない接遇」つまり、「第三者から見ても不適切と思われない接遇を実践する」ことにより高齢者虐待防止と開かれた施設運営に取り組んでいる。
方法
毎年4月に公益財団法人東京都福祉保健財団高齢者権利擁護支援センター作成の「虐待の芽チェックリスト」を記入し結果をフィードバックしている。なかでも「他の職員が行っているサービス提供・ケアに問題があると感じることがありませんか」の項目がきちんと記入されているかを注目している。「虐待の芽チェックリスト」で得られた結果をもとに年2回デイ事業課で独自に作成した「接遇チェックシート」を活用した管理者との個別面談を実施している。チェック項目には<お客様・ご家族・外来者に対し「です・ます」調で話しています><送迎中でも法人や施設の顔となっていることを理解して行動しています>など、デイサービス業務の中での接遇の標準を学ぶ機会にしている。
開かれた施設運営のため、家族懇談会、運営推進会議、サービス意向調査、ホームページを活用し、本取組状況を公表している。
結果
「虐待の芽チェックリスト」における「他の職員が行っているサービス提供・ケアに問題があると感じることがありませんか」について「ある」と回答した職員は、令和元年度22.5%、令和2年度23.3%、令和3年度14.2%という結果になった。令和4年度は34.4%の職員が「ある」と回答し過去3年間よりも割合が増加。個別面談では、第三者から見ても不適切と思われない接遇の実践、職員同士がお互いに気づき合うことが大事であることを繰り返し伝えた。接遇だけでなく日頃の悩みを聞いたり、逆に管理者が業務改善のヒントをもらったり職員の良いところを発見する機会にもなった。令和3年度の個別面談では、介護の未来の姿やキャリアについても話し合い、事業所と職員一人ひとりの向かうべき方向性のすり合わせを行った。この個別面談は、接遇の質の向上、高齢者虐待防止、人権意識の向上だけでなく、職員をエンパワメントしながら実は管理者自身もエンパワメントされる貴重な取り組みになった。
第三者から見ても不適切と思われない接遇を実践し公表することで、高齢者虐待防止、人権尊重、サービスの質の向上、事業運営の透明性、地域との信頼関係構築など、良い効果として波及する結果になった。
考察
令和4年度「虐待の芽チェックリスト」の結果から、不適切ケアが増えたのか、それとも、不適切ケアへの気づきが増えたのかを虐待防止委員会等で検討する。不適切ケアは高齢者虐待防止に繋がるため今年度の取り組みに力を注いでいく。
本取り組みから、高齢者虐待防止は一日にして成らず、10年後も20年後も地域に根付いた事業を継続するためには、計画的な経年で見ていく取り組みが必要である。
『高齢者虐待対応における意思決定支援』
渡邉 一郎 わたなべ いちろう
社会福祉士
足立区職員として
平成13年~平成17年 足立区社会福祉協議会権利擁護センターあだちへ派遣
平成18年~令和3年 老人福祉指導主事として高齢者虐待、成年後見制度推進等を担当
令和4年~ 社会福祉法人全国社会福祉協議会 権利擁護支援全国ネット(K-ねっと)専門相談員
講演内容
1 足立区の高齢者虐待対応チーム
足立区の高齢者福祉の大きなターニングポイントとしては、地域を上げた見守りの仕組みとして、平成12年の介護保険制度スタートに合わせて立ち上げられた、あんしんネットワークがまず挙げられる。高齢者虐待防止に関連しては、平成29年よりスタートした、虐待及び対応困難ケースの全件通報の仕組みが挙げられ、他の多くの取り組みと区民の努力により、足立区の地域と住民全体の権利擁護に関するコンプライアンスを向上させてきた。今回の足立大会を期に、高齢者虐待防止・対応の現状を振り返り、今後の課題を整理する。
2 高齢者虐待における意思決定支援
高齢者虐待対応における最後の手段である、養護者家族との長期間の分離保護は、保護される高齢者自身へも大きなダメージを与える。高齢者自身にとっては、日常生活の場を奪われ、慣れ親しんだ地域、知人から切り離される等、自分の生き方の重大な変更となる。これまで虐待対応チームとして、保護される高齢者に対して、質の高い一貫した意思決定支援を行って来たか、という点では、意思決定支援のノウハウの蓄積の面でも、チームとしての合意形成の面でも十分ではなかった。
3 虐待対応チームだけでは困難な養護者支援
高齢者虐待における養護者支援としては、高齢者との長期分離後の生活支援、医療受診支援、就労支援、さらに生活困窮者支援との連携が重視されるようになってきた。
特に80・50問題として整理される世帯の問題は、養護者家族が30代、40代の時期に、引きこもり支援、医療受診支援、就労支援、自立生活支援等、より早期に支援を開始することの有効性へと目が向けられつつある。
4 既存の福祉制度の限界と新たな改革の波
現在、既存の福祉制度の限界を踏まえた新たな理念と施策(重層的支援、権利擁護支援ネットワーク等)が提案されている。高齢者虐待は、既存の福祉制度から何度もこぼれ落ちた世帯の究極の状態とも言える。この意味で高齢者虐待チームは、既存の福祉制度の限界とその結果を俯瞰できる立場にあり、新たに打ち出された高度な理念と施策に共鳴できる視点をたくさん持っている。家族との分離に至った高齢者が、自分の意思と選択に基づいて、家族とは別の暮らしを選択したのだ、と振り返ることができるような意思決定支援、何より高齢者虐待を防止する長期的で包括的な権利擁護支援体制を目指して、高齢者虐待対応チームの課題を一緒に考えていきたい。
座長
髙橋 智子 たかはし ともこ
公益財団法人東京都福祉保健財団
社会福祉士・精神保健福祉士・介護支援専門員
(公社)東京社会福祉士会 地域包括支援センター委員会委員
福祉サービス事業所、在宅医療機関・訪問看護ステーション等のソーシャルワーカー、直営地域包括支援センター社会福祉士及び市役所高齢者相談室権利擁護担当を経て、平成21年4月より現所属。
東京都福祉保健財団入職時より「東京都高齢者権利擁護推進事業」(東京都委託事業)を担当し、区市町村職員等への高齢者虐待に関する相談支援及び研修事業等専門相談機関の運営を行っている。
その他、区市町村高齢者虐待防止ネットワーク委員会委員、高齢者虐待防止・高齢者の権利擁護に関する研修等の講師、調査研究協力(検討委員等)も行っている。
(主要著作)
共著 池田惠利子監修・著『ケアプラン困難事例集』東京都福祉保健財団、2009
共著 (公社)あい権利擁護支援ネット監修『事例で学ぶ「高齢者虐待」実践対応ガイド』中央法規出版、2013
共著 宇都宮宏子監修「退院支援ガイドブック」学研メディカル秀潤社、2015
髙橋智子・三森敏明「介護サービス事業における困りごと相談ハンドブック ソーシャルワーカーの実務対応」新日本法規、2021 など