『高齢者虐待防止〜現在と未来を見据えて私達のすべきこと』
吉岡 幸子 よしおか さちこ
帝京科学大学看護学科 教授
学歴
国際医療福祉大学大学院医療福祉学研究科保健医療学専攻修了、東京女子医科大学大学院看護学研究科看護学専攻満期退学
職業歴
精神科病院看護師、さいたま市(旧浦和市)保健師、東京都保健師を経て、看護専門学校教員、埼玉医科大学短期大学、埼玉医科大学、帝京大学、埼玉県立大学、帝京科学大学に至る
社会的活動
日本高齢者虐待防止学会監事、日本アルコール関連問題学会評議員、八潮市特定空家等・特定居住物件等調査審議会委員、草加市家屋土地適正管理審議会委員、葛飾区福祉サービス苦情調整相談員
講演内容
はじめに
筆者が保健師だった当時は、旧老人保健法(1982年)が制定された時期で、高齢者の実態調査も兼ねて家庭訪問を日々行っていた。寝たきりの夫を一人で介護している病弱な妻や布団の下の畳が腐るほどの状況で高齢の妻を夫が誰にも相談せず困っていた。
新人保健師の私は、驚愕したと同時に、自分の無力感に苛まれていた時代であった。
1.日本高齢者虐待防止学会の設立
1996年、高齢者虐待シンポジウム「人間としての誇りを持ち続けるために」が、日本高齢者虐待防止センター主催で開催され、シンポジストの専門家より様々な提言があり高齢者虐待の予防策を訴えた熱気あるシンポジウムであった。
その頃、東京では「ヘルプライン」や「サポートライン」、大阪では、高齢者虐待防止研究会等、研究者や大学教員、実践家による電話相談や勉強会が始まっていた。筆者は、「サポートライン」の電話相談員として、被虐待者からの相談や支援者からの相談に対応してきたが、やはり支援者が介入するにも法律の後ろ盾がないと限界があることを痛感していた。
2002年頃から、「日本高齢者虐待防止学会」の立ち上げについて、前理事長の田中荘司先生、高﨑絹子先生、故多々良紀夫先生、現理事長池田直樹先生他、高齢者虐待防止に強く関心のある各方面の先生方が何度も議論を重ね、2003年に日本高齢者虐待防止学会が設立された。
2.高齢者虐待防止法の制定
2005年に、高齢者虐待問題議員連盟が発足し、各党派の勉強会に高齢者虐待の実態を説明する機会があり、筆者も議員会館でその実態や法整備の必要性を訴えてきた。
また同年、日本高齢者虐待防止学会より、厚生労働大臣あてに、法律制定の要望書を提出し、2005年11月「高齢者に対する虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」という名称で閣議決定した。
法律が制定されたことにより市町村や地域包括支援センターの役割が明記され、厚生労働省からは毎年高齢者虐待の実態報告があり、私たちはより詳細な実態の”見える化“ができるようになった。
3.未来を見据えて私たちのすべきこと
私が保健師時代であった頃と現在では、高齢者率や時代背景は変化し、介護保険をはじめとするサービスは比較できないほど増えた。一方で、8050問題や遠距離介護、ヤングケアラー、ダブルケア等といった家族介護の問題、コミュニティーの希薄化や孤立、セルフ・ネグレクト、飲酒やギャンブル等の依存、消費者被害等といった社会問題により高齢者虐待の要因も多様で複雑な問題となってきた。そして2020年からの新型コロナウィルスによる感染症の影響により、多くの方々が閉塞感を実感し、介護者の孤立感も拍車がかかったといえよう。
介護においては、介護者が健康であることは言うまでもないが、誰かと繋がっているという安心感、つまり孤立感を感じていないことは重要である。
今は、コロナ禍の影響により対面で対話する機会が激減し、マスクをつけ表情が見えにくい状態で人間関係を構築しなければならない難しい時代である。今後は、若い世代への介護負担が重くのしかかってくる事も明白であり、社会問題としての介護問題、虐待問題に対する支援の充実が重要で喫緊の課題と認識している。
本足立大会では、多方面・他分野の実践家や研究者に最新情報や研究報告等のご講演をお願いしている。また、介護施設等の高齢者虐待防止の義務化が図られ、高齢者虐待防止法改正に向けての動きもあり、参加者からのご意見をいただくことを期待したい。
未だに減らない高齢者虐待、高齢者の人権が侵害されている今、皆さまが各々の立場で、できることは何だろうか、本来はどうあるべきか等を職場内で議論することが、日本の高齢者虐待の減少につながると考えている。
日本高齢者虐待防止学会は、設立20周年を迎えようとしている。本学会が発展し、虐待防止のために寄与していくためにも、多くの方に学会へ入会していただき、高齢者虐待の問題を共に考えていけることを、長く本学会の末席にいた筆者は願っている。
座長
池田 直樹 いけだ なおき
一般社団法人日本高齢者虐待防止学会 理事長
上本町総合法律事務所 所長
1949(昭和24)年生
1976(昭和51)年3月京都大学法学部卒業
1986(昭和61)年4月大阪弁護士会登録弁護士
1993(平成5)年から2002(平成14)年3月まで日本弁護士連合会人権擁護委員会委員
2004(平成16)年4月から1年間、大阪弁護士会人権擁護委員会委員長
2000(平成12)年4月から2016(平成28)年3月まで大阪簡易裁判所調停委員
2008年(平成20年)4月から2014(平成26)年3月まで大阪府精神医療審査会委員
2012年(平成24年)日本高齢者虐待防止学会理事長
海外の高齢者障害者の介護、虐待防止の取り組み他、権利擁護活動の視察(アメリカ、イギリス、ドイツ、オランダ、オーストラリア、韓国)、国際会議招聘(北京、ソウル、バンコック)
著書 「頭と心にしみる法律講座‐法律を知れば福祉のいまが見えてくる」月刊ケアマネジメント2001年1~12月号連載、「Q&A高齢者虐待対応の法律と実務」共著2007年7月学陽書房、「隔離・収容政策と優生思想の現在」共著2020年12月批評社