シンポジウムⅡ 認知症のある人への虐待防止の取り組み

『サービス提供者の認知症のある人への理解』

遠藤 英俊 えんどう ひでとし

認知症専門医

いのくちファミリークリニック院長、聖路加国際大学臨床教授、名城大学特任教授、NPO法人シルバー総合研究所理事長

1982年滋賀医科大学卒業、87年名古屋大学大学院医学研究科修了

総合病院中津川市民病院内科部長、国立長寿医療研究センター内科医長、長寿医療研修センター長、老年内科部長を務め、2020年3月に退職。2021年3月22日いのくちファミリークリニック(愛知県稲沢市)開院。

『医師が認知症予防のためにやっていること。』(日経BP)など著書多数

講演内容

高齢者虐待の被害者の約6割から8割は認知症であるという報告がある。その原因の多くは認知症に伴う昼夜逆転や徘徊、多動などのBPSDであるが、加害者にとっては認知症ケアに伴う介護負担の増大、精神的なストレス、これまでの人間関係などが主な原因である。本シンポジウムではその予防、対策について論じる予定だが、支援者側がその原因を評価し、両者に寄り添う必要がある。虐待防止の第一はBPSDの低減であるが、BPSDをケアによって緩和することが第一のステップである。コミュニケーションによる非薬物療法や治療薬を用いることも多い。BPSDの治療ガイドラインもでており、メマンチンや抑肝散などの第一選択薬の他、少量の統合失調症の薬剤も用いることも多い、ただ本人への医療的支援だけでなく、介護者への心理的支援も必要である。レスパイトの導入の他、家族の会の交流会などへの参加も有用である。しかしながら最も重要なことは介護者が認知症のことを知り、精神的に安定することである。多彩な症状に対して理解を深め、対応方法を学ぶことである、認知症ケアの理念を学ぶことが予防の近道である。こうして家族であれ、介護の専門職であり、虐待をしない適切なケアを提供するようにすべきである。そのためには加害者へのカウンセリングを始め、ケアマネ、介護職、看護職、医師がアンテナをはり、連携によって支援を提供する体制構築が必要であろう。介護施設では高齢者虐待防止委員会をたちあげ、研修会を開催する必要がある。そのためにも本学会に果たすべき役割は大きい。


『介護者の孤立を防ぐための取組-男性介護者の組織化活動を通して-』

津止 正敏 つどめ まさとし

立命館大学 産業社会学部現代社会学科 教授

1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学特任教授。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。京都市社会福祉協議会(1981~2000年度、地域福祉部長、ボランティア情報センター長)、立命館大学教授(2001~2019年度)を経て、2019年4月年より現職。

2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。

著書に『男が介護する』『ケアメンを生きる』『男性介護者白書』など。

講演内容

「男性介護者と支援者の全国ネットワーク(男性介護ネット)」の設立(2009年3月)を前後して、「男性介護者」の存在が広く社会に知られるようになった。その数は100万人を優に超え、介護者の3分の1を占め、各地で活動する団世介護者の会や集いは知る限りでも150ヵ所を超えている。今学会ではこうしたネットワークが介護者の孤立防止にどのように機能しているかについて、私たちの臨床経験を報告したいと思う。

彼らは、主たる介護者としての動機も契機も一様ではないが、しかしいざ介護が始まれば誰もがその生活は一変する。とりわけ炊事・掃除・洗濯・買物などの生活スキルを獲得し保持することを期待されることもなく、逆にそこから排除さえされてきた男性には、入浴・排泄・移動といった介護の困難はもちろん慣れない家事の課題が立ちはだかる。早朝に家を出て深夜に帰宅という暮らしでは地域コミュニティも縁遠い。頼りにしている人はケアマネジャーが圧倒する。被介護者から四六時中目が離せずに自由なる時間が全くなくなり疲弊し孤立する介護者もいる。家族の「長」という規範や自負心が自縄自縛となって過剰な家族的責任を呼び込む。弱音を吐かずに誰にも頼らず一人ですべてを抱え込んで、葛藤を深める。男性に顕著な、目標を設定してひたすら成果を追い求めるビジネス・モデルの介護スタイルが社会との関わり疎遠にし、孤立に向かう。

確かに男女共同参画という視点から見れば、介護者役割を担う男性が増えているということは喜ばしいことには違いない。だが、介護する男性の暮らしと介護の実態を知れば知るほどに手放しで歓迎されるような事態にはなっていない。むしろ場面や課題によっては問題をさらに複雑にして悲劇的事件の温床にすらなっている状況も生まれている。

なぜこうした状況が引き起こされるのか。かつて、男性自ら介護を引き受けた自発的選択ゆえの悲しい結末との見立てもあったが、今やそうした男性ばかりではないということにも注意を喚起したいと思う。むしろそうではない介護者の方が圧倒する。硬い意思で気構えて介護役割を引き受ける人、こんなはずではなかったと戸惑いながらも介護する人、いずれもが男性介護者の典型ということである。これまでの女性たちがそうであったような「慣習」という日常化された介護実態とは確実に一線を画する「非日常化」された暮らしと介護こそが男性の介護実態を特徴づける。「非日常化」された介護は、介護を担う者のこれまで生活をすべて排斥し、すべてを否定するかのように、ある日突然に出現する。これまで長期に亘って大事に培ってきた社会との接点を奪い去っていく、ということだ。

介護する男性の葛藤には、男のプライドが邪魔をするような内なる「男らしさ」からくるものだけでなく、社会の主流をなす「男性社会」からの排除されるようなものもある。介護で離職、家計の大黒柱としての地位を失い、支援の対象になって誰にも頼りにされない惨めな自分ということだ。自身の内と外との葛藤でもある。支援を受ける側へと落ちるような「弱い」自分への対処はひとりでは難しく、周囲の支えを必要とする課題に違いない。頼られる自分を取り戻す場、弱さを肯定し自己肯定感を引き出してくれる人や場の存在だ。私たちの男性介護ネットのような当事者の会や集いの意義もそこに見出している。


『高齢者虐待を防止する施設オンブズマンの取り組み』

堀川 世津子 ほりかわ せつこ

特定非営利活動法人介護保険市民オンブズマン機構大阪理事・事務局長

大阪外国語大学卒、同志社大学大学院文学研究科修士課程修了。1990年から編集プロダクションで、高齢者や介護、ボランティア活動関連の機関誌制作に従事。1999年、岡本祐三・神戸市看護大学教授(当時)らとともに介護保険市民オンブズマン機構大阪の立ち上げに参画。2004年4月から事務局長として、オンブズマンの養成、オンブズマン活動の推進、セミナーや介護職員研修の企画、広報など、運営全般に携わる。2017年7月から理事。共著に『介護オンブズマンがまとめた これ1冊でわかる特別養護老人ホーム』『介護オンブズマンがまとめた 特別養護老人ホームの重要事項説明書』(ともにクリエイツかもがわ)。

講演内容

介護保険市民オンブズマン機構大阪(以下、機構と略)は2000年に誕生したNPO法人である。

介護保険制度の開始により、介護サービスの利用者と事業者は契約に基づく対等な関係となった。しかし両者の間には情報の量・交渉力などさまざまな面で「差」がある。両者の対等な関係性を保障する仕組みがなければ、真の意味での「サービスの質」の確保は難しいのではないか…。機構設立の背景にはこうした思いがあった。

人生経験を積んだ「将来の介護サービス利用者」でもある市民が、ボランティアで介護施設に主体的に関わり、「老い」「介護」「認知症」に理解を深めるとともに偏見解消に努め、施設と協力して施設介護の質向上を支えていこう—―。そして「入居してよかった」と心から思える施設を増やしていこう—―。機構はそんな志をもつメンバーの集まりである。全国の市町村の介護相談員事業の先駆けともなっている。

「オンブズマン」というと告発的イメージが強いが、元来はスウェーデン語で「代理人・代弁者」の意味であり、機構の活動も「告発型ではなく、橋渡し役」をモットーとしている。

活動施設は大阪を中心に特養・有料・グループホーム・サ高住など41か所、オンブズマンは50~80歳代が中心で50人いる。コロナ禍により大半の施設で訪問活動休止となっているが、一部の施設ではリモートにより利用者・施設関係者と面談を行っている。

オンブズマンは2人で月1~2回定期的に同じ施設を訪問し、「顔なじみの関係」をつくりつつ、職員や家族とは異なる「第三者としての市民の立場」を活かして活動する。フロアや居室に自由に足を運び、認知症のある人には表情や繰り返しの言葉などにも注意を向けながら話を聴く。また室温など生活環境も観察し、利用者の発信はなくても、市民の目で見て気づいたことを施設に伝える。指摘ばかりではなく、その施設の良い面も言葉に出して積極的に伝えるようにしている。

「虐待は氷山の一角であり、その下には多数の不適切ケアが潜んでいる」との指摘(柴尾慶次氏)があるが、オンブズマンも活動中に「おむつ交換が適切でないため排泄臭がする」「薬をご飯に混ぜて食事介助している」などの不適切なケアに遭遇することがある。しかし職員や家族と違って利害関係のしがらみがないだけに、疑問を率直に伝えることができる。それが施設にとって「自分たちの対応を今一度、立ち止まって考える」機会となっている。

オンブズマンの伝えたことがサービス向上委員会やリーダー会議等で検討され、対応改善につながるものも多い。機構では毎年『オンブズマン事例分析』を発行し、対応事例を食事・排泄など16項目に分類して件数や改善率を出しているが、80%前後が改善されている。

一方、項目の中で、件数は少ないものの改善率が40%と低いのが拘束に関する事例である。それだけ施設も対応に苦慮していることがわかる。機構ではそうした施設に、拘束ゼロを続けている施設を場合によっては紹介し、工夫や助言を得られるよう施設間の「橋渡し」も行い、一助となるよう努めている。

コロナ禍で現在多くの施設が家族やボランティアの訪問を中止している。とくにボランティアは訪問再開にかなりの期間を要すると思われる。感染防止が極めて重要とはいえ、閉鎖的な状況が長期間続くなか、「介護の質」は保たれるのか、気になるところであり、注視していきたい。


座長

銭場 裕司 せんば ゆうじ

毎日新聞東京本社社会部副部長

1974年兵庫県生まれ。早大卒。1998年毎日新聞社入社。秋田支局をふりだしに東京本社社会部で検察・裁判を担当。西部本社報道部をへて、東京本社特別報道グループの「老いてさまよう」取材班でキャップを務める。同取材班で、無事に保護されたにもかかわらず家族のもとに帰ることができなかった「太郎さん」ら認知症の身元不明者を巡る問題を報道し、2014年の新聞協会賞と菊池寛賞を受賞した。希望を持てる地域を目指して活動している認知症当事者らの取材を続けている。


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