市民公開講座 「ケア現場における暴力とは何か:包括的暴力防止プログラム」

講師

木下 愛未 きのした あいみ

信州大学 学術研究院 保健学系広域看護学領域 助教、CVPPPインストラクター

1990年、石川県生まれ。信州大学に進学し、看護師免許を取得する。その後精神疾患を有する家族の影響で精神科看護に携わりたいと思い、2014年から国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター病院にて精神科看護師として勤務する。その後、精神科看護についてより深く学び、その発展に貢献したいと考え、2016年に大学院に進学し、信州大学在学中にお世話になった下里誠二教授のもとで包括的暴力防止プログラム(Comprehensive Violence Prevention and Protection Program: CVPPP)を学ぶ。大学院在学中にCVPPPトレーナー、2021年にCVPPPインストラクターを取得。現在は、週に一回精神科看護師として勤務しながらCVPPPの実践を行い、CVPPPトレーナー養成研修等でCVPPPの普及にも携わっている。加えてCVPPPの効果検証や改良に関する研究に携わっており、主な研究テーマはCVPPPのプログラム評価や、精神科看護師の支配性や攻撃性を含む援助特性である。

講演内容

ケア現場における暴力とは何か:包括的暴力防止プログラム

ケア現場における暴力では、一般的に、当事者が支援者や他当事者に対して起こす暴力と、支援者が当事者に対して、意識的あるいは無意識的に起こす暴力が語られる。しかし、ケア現場における暴力は、当事者と支援者の力の非対称性、すなわちケアをするものと、ケアを受ける(受けなければならない)ものの間にある圧倒的で逸脱した(force)の中で起こるという構造があるために、そう単純化できるものではない。この時たとえば、当事者に我慢を強いるようなケアの仕方が当事者にとっての暴力の誘因となることもあるし、逆に支援を拒む当事者の行動が支援者を暴力的振る舞いに駆り立てることもある。もっとも、新自由主義社会の中では人と人とが社会的な関係の中でかかわろうとすれば必然的に力関係が生じる。優位-劣位といった関係の在り方は、「マウンティング」という言葉に象徴される「より優位でいたい」という人の特性そのものであるかもしれない。たとえば当事者が優位に立つ場合には、「仕事なんだから(支援者が)これくらいやってくれるのは当たり前」という考えがあるかもしれない。また、当事者が優位に立とうとしなくても、新人など支援に慣れておらず自信がない支援者が自らを当事者の劣位に置くことで、相対的に当事者が優位に立つ場合もある。多くの虐待事件で起こるような支援者が優位に立ち、当事者を下に見て攻撃行動をする場合もあるが、支援者が劣位に立つような場合には「我慢を重ねた支援者」が「キレて」しまう場合もある。

暴力という問題はそれだけではない。例えば同じように怒鳴り声をあげる当事者がいたとしても、その人がいかにも非力そうな当事者であれば、支援者はさほど恐怖を感じず暴力とも捉えないかもしれない。しかしその当事者が屈強な男性である場合には、支援者はちょっとしたことでも暴力的に感じ、強い恐怖心から拘束的な対応(これには薬物によるChemicalな拘束も含む)を取らざるを得ないと判断するかもしれない。そして当事者からすれば、このような状況における支援者の行動そのものが暴力的に感じるだろう。それではそもそもケア現場における暴力とは何なのであろうか。

支援者は、丁寧さや、やさしさだけでは解決しようのないような、きれいごとではない世界での支援という仕事を生業としている。このきれいごとではない世界を認めつつ、それでも「虐待や暴力のない世界」を模索する必要がある。演者が現在その方法論や理念のあり方に深くかかわる包括的暴力防止プログラム(Comprehensive Violence Prevention and Protection Program:CVPPP)は、こうした深淵から一条の光を探し求めようとするプログラムである。CVPPPは、攻撃性マネジメントトレーニングのひとつであり、当事者の暴力を封じることを目的とした1980年代からの世界的な流れに沿って誕生し、現在は上述のような複雑な様相に対して、ケアの方法論としてどのようなかかわりを目指すべきか、を検討するものへと変貌しつつある。これまでの経験の中から見えてきたものは、「医療や福祉の枠組みの外から暴力を捉えなおしてみること」、「支援者-被支援者という関係の中にある『力』を考えてみること」、「暴力が起こった時の『前』よりももう一歩『前』までさかのぼって、暴力の起点を考えること」の重要性であった。当日はCVPPPの要素を紹介しながら、ケア現場における暴力について論じたいと思う。


座長

安達 寛人 あだち ひろと

新潟県立看護大学 講師

【学歴】
・新潟県立看護大学 看護学部看護学科 卒業
・新潟県立看護大学大学院 看護学研究科 修士課程 修了
・同 看護学研究科 博士後期課程 修了

【学位】
・2023年3月に看護学博士の学位を取得

【職歴】
・国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 看護師
・医療法人光愛会 光愛病院 看護師
・公立大学法人 新潟県立看護大学 教員

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