シンポジウム2「医療施設における不適切なケアの防止への取り組み」

演者

小池 京子 こいけ きょうこ

医療法人大誠会 内田病院 統括看護部 統括看護部長
認知症看護認定看護師

1998年 医療法人大誠会内田病院入職
2000年 准看護学校卒業
2011年 看護専門学校卒業
2017年 認知症看護認定看護師資格取得
同年 認知症サポートチームマネジャー
2021年 病棟マネジャー
2022年 統括看護部長 現在に至る

講演内容

「 身体拘束をしない看護ケア−大誠会スタイルの理念と技術− 」

わが国は急速な勢いで超高齢社会に突入した。それに伴い、病院や施設では認知症や認知機能低下のある入院患者や利用者も増えてきた。身体拘束を行わないケアが政策的に推進され、現在、多くの病院では患者の尊厳を守るために身体拘束の低減に向けたさまざまな取り組みが進められている。身体拘束の弊害は、身体の廃用や精神的なダメージといった、その人の尊厳を損ねる行為となり、身体拘束は医療介護の現場で問題になる行為の一つになる。縛らないと治療ができないような命にかかわるケースもあるが、常に回避の方策を考えることが看護師の役目であると考える。
認知症ケアにおいては、一人ひとりの視点に立つというパーソン・センタード・ケアが重視されており、認知症の人への全人的理解を深めていくことが重要視されている。本人の声に耳を傾け、思いを推測しつつ要望を聞く。その要望は、本人がうまく伝えられない場合もあるため、自身の推測が常に正しいとは限らないという疑いを持ちながら、本人と協働で模索する。私たちには本人のニーズを汲み取る努力が必要であり、患者が安心できて初めて“安全”が守られると思う。

大誠会内田病院(以下、当院)では20年前から身体拘束をしない看護を続けており、それを継続し続けている。それ以前は当院にも身体拘束があった。組織全体の取り組みとするために、トップマネジメントの意思決定があったからこそ、私たちは安心して縛らない看護に踏み切ることができた。また、認知症の方が多く入院される施設として、職員が一丸となり、常に認知症医療・ケア技術、多職種連携について考えを深める場をつくることで、ケアのノウハウが積み上げられてきた。さらに、 “できる人”に任せれば済むわけではなく、誰でも同じケアができるように一定のスキルをもち、病棟内の雰囲気づくりや全職員の統一した対応を行えることが、認知症をもつ方を安心させるための必要な技術である。

「身体拘束は良くない、外しなさい」「人としての尊厳がない」と、理想を言うわけではない。身体拘束廃止は、よりよいケアを目指す上での通過点である。身体拘束の弊害についての正しい知識を身につけて、身体拘束をせずとも医療・ケアを行うための“技術”を磨き、身体拘束を可能な限り避ける心を身につけることが大切である。忙しい現場の中で、理想論を言うのではなく「せん妄の看護、認知症の看護、高齢者の看護をどうしたらいいだろうか」という共通課題から入っていくことで答えを見出していけることが考えられる。
シンポジウムでは、現場で実践している身体拘束ゼロの認知症医療・ケアのコツを交えて紹介する。


演者

竹内 真奈実 たけうち まなみ

上越総合病院老人看護専門看護師

2013年 新潟県立看護大学大学院看護学研究科(CNSコース)入学
2015年 同修了 老人看護専門看護師認定
2016年 新潟県厚生連上越総合病院へ転勤
患者サポートセンター所属に所属し、主に高齢患者の退院調整を担当。
認知症サポートチームでの活動も行っており、認知症ケア急性期病棟でのせん妄対応の相談対応などを行っている。
また、ACP委員会にも所属しており、看護職員に対する意思決定支援の啓発活動なども行っている。

講演内容

生活歴を活かしたケアで身体拘束を回避する取り組み

新型コロナウイルス感染症(以コロナ)流行に伴い、流行当初は感染陽性者は全員入院または宿泊療養という方針がとられた。高齢で認知機能低下がみられる患者は、体調不良と隔離環境から容易にせん妄を発症することが考えられる。せん妄時の対応として、感染管理の観点からともすると、身体拘束が選択される可能性もある。

A病院では1病棟がコロナ専用病棟に転用・稼働させ、実際には、2020年7月からコロナ陽性患者の受け入れを開始した。開設当初は、ADL自立の壮年期の患者が主であったが、高齢者施設でのクラスター発生に伴い高齢患者が増加。原則自宅療養へ方針転換されてからは、コロナ専用病棟への入院患者はほぼ高齢患者のみとなった。

A病院のコロナ専用病棟の2023年3月までの延べ入院患者数は315名、平均年齢は68歳であった。また、入院患者に占める認知症高齢者の日常生活自立度判定ランクⅢ以上の割合は10.8%と、入院患者の1割以上を占めていた。

当該病棟では、せん妄予防カンファレンスを行い、せん妄予防・身体拘束の回避に取り組んでいる。今回は、生活歴の情報を療養中のケアに取り入れ隔離療養を穏やかに過ごし転院できたケースを紹介する

患者紹介
Bさん、70歳代後半、女性、要介護1、独居。
長男の死後、認知機能低下が目立つようになり、デイサービス、訪問介護、配食サービスを利用し、夜間は長女夫婦が交代で泊り介護をしていた。しかし、認知症の進行、長女夫婦の介護疲労が重なり、精神科入院の予定となっていたところ、コロナに罹患し在宅介護困難となったことから入院となった。

入院後、点滴治療開始。刺入部の保護などでルートトラブルは回避。しかし、夜間不眠、落ち着きなく動き、病室から出てくる等の行動がみられた。せん妄予防カンファレンスでは、夜間の睡眠がとれるように薬剤調整を行いつつ、カレンダーや時計の配置の確認とリアリティオリエンテーション、音楽をかけて覚醒を促すなどの介入を検討・実施。しかし、「お父さんが居る」と洗面台の下をのぞく、「家に帰る」などの幻視や帰宅要求が見られるようになった。コロナ禍で、面会禁止となっており家族から情報収集ができない状態であったが、入院9日目に長女から情報収集ができた。判断を要することできないが、新聞を取りに行く、湯を沸かす、仏壇に線香をあげる、デイサービスの迎を待つことはできていたとの情報を得た。そこで、少しでも日課を取り入れる工夫を行った。仏壇の代わりに洗面台に写真を置き水を備える、看護師と一緒に病室内の掃除をすることとした。すると、夜間は睡眠がとれ、会話は穏やかになり、日中は洗面台の前に正座して過ごす等落ち着いて過ごせるようになった。

この事例を経験し、当該病棟では入院時に現病歴だけでなく、生活歴についても詳しく聞き取る姿勢が見られるようになり、隔離という制限がある中でも個別性のあるケアを提供する意識が高まった。


演者

中村 幸恵 なかむら さちえ

独立行政法人国立病院機構さいがた医療センター
医療観察法病棟 副看護師長

1976年新潟県生まれ。1998年新潟県立看護短期大学卒業。同年、国立療養所犀潟病院(現さいがた医療センター)入職。精神科慢性期病棟、脳神経内科病棟、医療観察法病棟で勤務。2021年新潟県立看護大学大学院看護学研究科博士前期課程修了(精神看護学)。包括的暴力防止プログラム認定インストラクター。災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team:DPAT)先遣隊(プレインストラクター)。
夜勤は辛いなあと思いながら、なんだかんだいつの間にか病棟勤務四半世紀。沢山の出会いに恵まれ、感謝の日々。

講演内容

相手を大切に、自分も大切に〜組織的な取り組み〜

当院は、日本海に面し、閑静な松林に囲まれた新潟県上越市大潟区にある。病床数は410床で、精神科、脳神経内科、そして重症心身障がい児(者)の政策医療を担っている。自ら訴えることの出来にくい患者様が多いともいえ、不適切なケアの防止は大変重要である。当院における不適切なケアの防止への取り組みについて、組織的な取り組みと、包括的暴力防止プログラム(Comprehensive Violence Prevention and Protection Program:CVPPP、シーブイトリプルピー)による取り組みを紹介する。

まず、組織的な取り組みとしては、障害者虐待防止法に基づいた、虐待防止委員会の活動がある。研修会の実施や虐待防止チェックリストによる定期的なチェック、倫理要綱の周知などを行っている。また、看護部においては、看護の質の向上をはかるため、院内認定看護師制度をもうけている。認知症認定看護師による研修会の実施や、対応の難しいケースへのコンサルテーションは、不適切なケアの防止につながっている。さらには、地域連携も認定看護師の需要な活動の一つである。市民公開講座の開催や、本学術集会への参加などにより、地域の皆様に知っていただき、資源の一つとして活用いただければ幸いである。

次に、CVPPPによる取り組みについて紹介する。CVPPPの理念は、“主に精神科医療あるいはその関連領域の施設等でおこる当事者の攻撃あるいは暴力を適切にケアするためのプログラムである。当事者も援助者もともに同じ「人」としてPerson(Persona)‐Centeredと考え、互いに尊重され守られるべき存在である。援助者は苦しんでいる当事者の味方となり、援軍となることが最も攻撃性や暴力行動のリスクを下げるものである。”とされている。CVPPPの8つの原則は、①助けに行くための包括的な技術、②当事者・スタッフが安心・安全になるためのもの、③当事者は「人」、④ケアのための方法、⑤最も非拘束的な方法をとる、⑥あきらめるのではなく理想を考える、⑦落ち着くことができるスキルの獲得、⑧CVPPPが環境をよくする、である。(下里誠二編 最新CVPPPトレーニングマニュアル 医療職による包括的暴力防止プログラムの理論と実際)

当院では、CVPPPインストラクター、トレーナーが中心となり、全職員対象の研修会を企画運営している。外来での待ち時間場面の事例を使用したワークを行ったり、それぞれの気づきを意見交換したりすることにより、誰もが「人」として互いに尊重され守られるべき存在であることを確認する。また、起きてしまった暴力事例は、丁寧に振り返りを行い、次のケアにつながるようにしている。相手を大切にし、自分も大切にする、安心・安全な治療環境への組織的な取り組みは、大変重要であると考える。


座長

佐藤 美由紀 さとう みゆき

新潟大学大学院保健学研究科看護学分野 教授

北海道出身、保健師

桜美林大学大学院老年学研究科博士後期課程修了。博士(老年学)。北海道医療大学看護福祉学部助教、神奈川工科大学看護学部准教授、佐久大学看護学部教授等を経て2022年より現職。専門は公衆衛生看護学。

農村の保健活動に関心を持ち、北海道の農村に市町村保健師として就職し、健康づくり担当課や在宅介護支援センターに勤務。市町村保健師として教育委員会との協働による「地区巡回教育」、認知症介護家族会の設立支援、小地区での住民主体による支え合いの地域づくり、町内保健医療福祉職の自主学習組織の設立などに携わる。

アクションリサーチによる住民主体の健康なまちづくりをライフワークとし、北海道、神奈川県、東京都の市町村等で住民とともにまちづくりに取り組む。2017年日本老年社会科学学会論文賞受賞、2018年日本老年社会科学学会奨励賞受賞、2019年第31回日本老年学会総会合同ポスター賞受賞、2023年第65回日本老年社会科学会大会優秀ポスター賞を受賞。著書に「保健福祉学:当事者主体のシステム科学の構築と実践」(共著、北大路書房)などがある。

日本老年社会科学会理事、日本保健福祉学会幹事、新潟県介護保険審査会委員、新潟市自殺対策協議会委員を務めている。

→大会プログラムに戻る