大会長講演 『介護負担と高齢者虐待』

演者

小長谷 百絵 こながや ももえ

新潟県立看護大学地域生活看護学領域老年看護学 教授

学歴
千葉大学看護学部卒業、東京医科歯科大学保健衛生学研究科博士前後期課程修了

職業歴
静岡県立子ども病院看護師、自治医科大学病院看護師、昭和大学保健医療学部、上智大学総合人間科学部教授など

社会的活動
日本高齢者虐待防止学会理事、NPO法人ALS/MNDサポートセンター理事など 

講演内容

高齢者虐待の予防と対応は養護者の介護の負担感を軽減する支援が重要であると言われている。日本では介護を家族だけで担う歴史が続いていたが、家族が受ける介護の影響は、負担という概念でとらえられ、1960年代より介護の苦労は生々しい言葉によって報告され、あるいは研究として介護負担感を数量化することによって明らかにされてきた。

介護の負担感はストレス認知理論によって説明されることが多い。高齢者の介護者には、高齢者の疾患や要介護状態がストレッサーとなり介護に対する感情として負担感が生まれる。介護の負担感情は介護のリソースによって肯定的にも否定的にもそのとらえ方は変化するとストレス認知理論では説明されている。家族の介護感情に影響するリソースとして、医療費の助成、公的サービスの利用、友人・知人からの介護の支援などが挙げられる。そのため、「高齢者虐待の防止、高齢者の擁護者に対する支援等に関する法律」(以下高齢者虐待防止法)では国及び地方公共団体の責務として養護者の支援のため、必要な体制の整備に努めることが謳われている。

2000年に介護保険制度が開始され23年たつが、制度開始前に比べると地域支援事業も充実し、介護のリソースとして居宅介護サービス、施設サービス、地域密着型介護サービスなどの介護サービスの種類も豊富になった。それに伴いサービス利用者も2000年4月に比べ、2021年3月には3.4倍となっている。また介護職員の必要数の増加も見込まれ①介護職員の処遇改善、②多様な人材確保、③離職防止・定着促進・生産性の向上など総合的な人材確保対策が行われている。

ところが、虐待発生の要因は介護の負担感情によるものだけではないとはいえ、介護を支えるリソースが充実してきても、虐待と認定される件数はわずかに増加している。

介護のリソースを増やしてもストレスの程度は低減しない事例として自研例を紹介する。介護の負担について神経難病の患者を介護する家族を対象として、2000年と2014年に介護負担感と蓄積的慢性疲労徴候調査票(Cumulative Fatigue Symptoms Index:以下CFSI)による調査を実施した。神経難病のALSと認知症は進行性、難治性という共通項はあってもその症状は全く違う。しかしALSも認知症もその介護者の介護負担感の程度は同等であった。さらに2000年以降ALSも介護保険の利用が可能となり、夜間の吸引などが介護負担の大きな要因であったものが重度訪問介護従事者資格を取得したヘルパーによる吸引が可能となり、12年間の間には介護のリソースが大幅に増えたと言えるが12年後に同様の家族の介護負担感とCFSIの調査を行ったところ、身体的な慢性疲労感は有意に軽減したが、介護負担感は変化が認められなかった。つまり介護のリソースだけを増やしても介護に対する負担の感情は低減しないと言える。

以上のことを前提に本講演では養護者の感情に焦点を当てそれを支える支援者のケアについて再考したい。


座長

山口 光治 やまぐち こうじ

淑徳大学総合福祉学部社会福祉学科 教授

職歴
特別養護老人ホーム介護職員、生活相談員、国際医療福祉大学医療福祉学科専任講師等を経て、現在、淑徳大学学長 総合福祉学部教授。

専門領域
社会福祉学(social work)、特に高齢者虐待防止。社会福祉士、介護福祉士。

社会的活動
令和5年度高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業調査研究委員会委員、令和4年度厚生労働省委託事業「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について(高齢者虐待対応マニュアル)改訂調査研究」アドバイザー、平成30年度社会福祉推進事業「成年後見制度利用促進のための地域連携ネットワークにおける中核機関の支援機能のあり方に関する調査研究事業」ワーキンググループ委員長、日本高齢者虐待防止学会理事ほか。

主な著書・論文:『権利擁護を支える法制度』編著者(2021/みらい)、「高齢者虐待に関する養護者支援の実態と課題;全国の実態調査をもとにして」共著(2020/日本高齢者虐待防止学会誌)、「高齢者虐待防止のための養護者支援」単著(2019/日本高齢者虐待防止学会誌)、『在宅高齢者虐待の虐待者と被虐待者の関係性に焦点をあてた介入実践モデルに関する研究』JSPS 科研費26380768 研究成果報告書(2017)

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